光よ!
ユウカの救出作戦では、敵の連携を阻むため、周辺一帯には作戦決行と同時にジャミングが行われた。
それは敵の逃走を防ぎ、制圧を容易にした。しかし。
本来医務室として作られ遮音や遮光に優れた部屋とは、施設主要部の騒ぎをも遮断し、望んでいた以上の情報分断をもたらした。
また、仲間の痴態を晒させないために、初動からすぐにヒマリ、チヒロがハッキングによりネット各所を無理やり落としていたため、通信機器の不調を不審がる者も出ず仕舞いだった。
だから、たまたま担当エリアの敵が少なく、一刻も早く優しい先輩を助けたかった二人が人気のあるそこに辿り着いた時、そこにいた男たちは、冒涜的な行為をし続けたままで……
「ユウカから離れろォ!!!」
部屋に突入して、予想はしていたけれど、信じたくなかった光景を目の当たりにして。
私は重すぎる状況をロードするために、心も考えも動きが一瞬止まっちゃっていた。
でも、ミドリは違ったみたい。判断が早い。
こんな状況なのに、いや、だからこそ?天狗面のおじさんがにっこりしてるコラ画像がふっと脳裏を過ぎる。
ずっと一緒にいたのに、初めて聞く叫び声。砲火と血の花。吠えるような絶叫。
相手は脆いから加減して、撃たずにぶん殴れ、っていうネル先輩の忠告も。
学園交流会で見て真似しようと思ってた、ゲヘナのこわ格好いい先輩の威嚇射撃も。
全部全部頭から吹っ飛んでいった。
ユウカの上にいた裸の男の背中から、多分心臓にいった。じゃなくても肺。倒れ込んで、もう動かない。
ゼーハーと、荒い息をして、ミドリは固まった。目を見開いて、自分がしたことを飲み込もうとしてる。後になってから手が震えている。
それが私をかえって冷静にさせていた。これあれだ。隣の人がパニックだと冷静になるってやつだ。
これで相手が委縮してくれたら結果は変わったのかもしれない。
でも、あっちはあっちでパニックになった男たちは、半分くらいが私たちに向かってきた。それから、一人がナイフを持って、ユウカに向かって振り上げる。
あ、ダメだ。もしかしたら人質にするだけのつもりだったのかもしれない。でも最悪の可能性があると思ったら、私も引き金を引いちゃってた。
ナイフを持つ腕が千切れ飛んでいく。
そのまま流れで、ミドリに掴みかかろうとした男に火線を向ける。ミドリは全然反応できてなかったけど、私にはタイム連打してるみたいにゆっくり見えていた。
ユウカに酷いことをしたままだったんだろう、裸の胸が、お腹が、汚らわしいブラブラが、穴だらけになって千切れていく。
飛び散った血が私達の制服を汚して、嫌だなって思った。まるで自分を三人称視点で見てるみたいに、他人事みたいに感じられた。
「あなたたちのせいだよ。」
男たちに静かに告げながら、火を噴く愛銃を、ユウカを避けて掃射する。こういう掃射はミドリより私のほうが上手い。
掴み掛かれば勝てるつもりだったのかな。投降する冷静さがなかっただけかもしれない。たくさんの男が素手のままでも向かってきて、撃つだけで捌けない一人を蹴っ飛ばしてやりすごす。
よく見れば部屋の隅、男たちの服とかを置いてるところから武器を拾おうとしてるやつがいたので、小柄な体格で敵の隙間をすり抜け、優先して狙う。
大丈夫、ミドリ。あいつらのせいだから。ミドリは何も悪くないから。
気に病むことがあるとしても、お姉ちゃんも一緒だから。
こういうとき私の方が、いつも暴走して滅茶苦茶しちゃうもんね。
銃声に揺さぶられてミドリも我に返ると、いつもみたいに連携して戦えるようになる。狙って打つのはミドリのほうが上手いから、武器を取ろうとしているやつは任せて、群がってくる方を蹴散らしていく。
あっという間に部屋にいた男は全員、体のどこかに穴を開け血染めになっていた。
完全に沈黙した奴もいれば、比較的軽傷のもいる。でも皆最低限、立ってられないくらい手足や胴を撃たれている。
汚い血をユウカに触れさせたくなくて、最初にミドリに撃たれた男をベッドから引きずり下ろし、捨てた。
『ひ、人殺しっ……』
「そうだね、レイプ魔」
詰ってきた男がいた。ミドリが気に病んだら嫌だから、額に銃口を当てて、黙ってもらった。永遠に。
『助け、助けてっ、いのちだけは……』
命乞いした男がいた。
少し考えて……条件を出した。
「正直に、ユウカ……あの子に、何をしたか話して。それで考えるよ」
名前をこいつらが知ってるかわからないから、一瞥する。汚された体が痛々しくて、すぐに目を逸らした。
『俺は何もしてないっ』
ナイフを持って何かしようとしたやつだった。明らかに嘘だったし、少なくとも、ナイフで何かしようとしたことを言わなかった。だから撃った。ハチの巣にした。
身をかばおうとしたもう片腕も吹き飛んでいった。
「あなたは刺そうとしたよね。嘘つくとこうするよ」
というと、男たちはビビり倒しながら口々に自白を始めた。
『本番はしてない、胸しか使ってないから許して』と。嘗めたことをいうやつがいた。
ユウカのおっぱいを……太ももに気を取られがちだけど、実は結構すごいおっぱいを。
べっとりと、白い汁に汚されたあのおっぱいを。
具体的に思い浮かべると頭に血が上って、だけど叫んだり吠えたりする気力は湧かない。
静かに怒りに任せ、胸なら胸で、と心臓のあたりを撃って償わせた。
『本番はしたけど、死にたくない』と、もっと嘗めてるやつがいた。何をしたか言い渋るやつがいた。
だから、言い渋るやつが何をしてたかを告げ口させた。別に許すとは言ってないけれど。言い渋ってる方はお尻を使ったらしい。
そういう行為がある事は知ってる。下手をすると痔とか、人工肛門なんて可能性のある行為。座り仕事のユウカに、痔は駄目だよ。ただでさえ負担かかってそうなのに。
うん、許せない。だから、お尻の穴を大きくしてやった。
それから、醜い告げ口合戦がはじまって。悍ましい報告で許せなくなったやつから、順に撃っていった。最初の本番をしたやつも、その途中でお腹を破るように撃った。
私はなるべく意識して残酷に振舞っていた。多分その方が、ミドリの背負う分を、多めに引き受けられると思って。……だと思ったんだけれど、わりとすぐミドリも、一緒に自白や告げ口を聞いては怒りを燃やして、引き金を引いてくれた。
結局、全員が何かしらクロらしい。嘘の告発があったかもしれないけど、別にきちんと調べる気もない。どうせ順番待ちしてたんだろうから同罪でいいよ。全員、全員許せなかった。
罪状に、ユウカに何をしたかに沿って、処理していく。
後になるにつれて、男はもう助からないんだと思って錯乱したりやぶれかぶれになったり。そんなやつも淡々と処理していると、最後の最後でネル先輩がやってきた。
ああ……。警告してくれてたけど無視した形になっちゃった。
でも、ユウカを、ミドリを守るためにこうしたことに後悔はないから。だから。
「……いや、掃除はもっと大変になったけどさ、散らかしてごめんねー」
私が謝るべきことは、これしかなかった。はずだった。
ユウカを包んで部屋を出てすぐ、青ざめた悪友の姿を見るまでは、そう思っていた。
涙とゲロにまみれた、マキの姿。恐怖の表情。バケモノを見たような有様。全然気づかなかったけど、部屋の中の惨状を覗いた結果なのは、すぐにわかった。
高揚から覚めて、私達がしたのは殺戮だ、って。遅れてのしかかって来た。
そこでやっと、ネル先輩が努めてドライにかけた言葉に込められた、後悔と悲しみに気づいた。
医療部にユウカを預けると、すぐに私達も医療部預かりになった。
体をなんかすごいアルコールとか色々で洗って、色々予防ワクチンを打ったりして、制服は廃棄して新品をもらって、小綺麗になって。
だけれど、私は、私達は、血染めのバケモノになったんだ。
そんな思いまでは、医療用の洗浄キットじゃ流れ落ちなかった。
私達がしたことは、少人数にだけ知らされた。直接後処理に関わったC&C、医療部の数人、先生、ノア、ドローン越しに色々助けてくれたリオ会長。それから、現場を見ちゃったマキと、マキと関わるヴェリタスの先輩。
ユズとアリスに知らせるのは、よく考えた方がいい、ってことになって。ただ「作戦中に大変なことがあった」とだけ伝えることにした。
それから、チヒロ先輩から、マキは現場の光景がトラウマになってて……私とミドリは会うべきじゃないって。それは、仕方ないよね。
それからしばらくが経った。ユウカも命には別状なく、だんだん元の暮らしを取り戻している。
でも、あんなに好き好きしてた先生を前にしても、前にはなかった緊張が、何かを我慢するような表情の引きつりが、傷痕がそこに残っていた。
私はといえば……
「うわーん!ミドリにキングコンヒン付けられました!でもアリスにはKTX高速鉄道カードがあります、サイコロいっぱい振ってモモイにパスします!これで一気に資金マイナスです!」
「あー……まあこういうゲームだし」
「うわーん!CPUがアリスばっかり狙って、ああーっ、せめてミドリは道連れに……」
“MOMOI PERFECT!!”
「ミドリだけ狙ったらモモイにパフェられました……アリスがコムタン大魔王で暴れたからですか……」
「……はあ」
ボロカスにされても、完勝しても、悔しくも楽しくもない。
ゲームはやりたいはずなのに。
怒る気持ちは全部あそこで燃やし尽くして、だけれど、楽しい気持ちは、ずっしりと重たい気持ちが。マキの顔と、ネル先輩の声が、重く絡みついたみたいに出てこない。
ミドリも半ば義務感みたいにやってるだけで、ちょいちょい上の空。勝っても負けてもあんまり表情が変わらない。
せっかく一緒に遊んでたのに。
全然楽しそうじゃない私たちに挟まれて、アリスはうろたえて、泣きそうな顔になって……それが一層私の肩を重くする。
「……ごめんアリス。まだちょっと……そんな気分じゃないみたい」
「……わかりました」
パーティーゲームから抜け出して、ぼんやりしたまま寮に戻った。
—-------
衝動的に、引き金を引いてしまった。
私が、引き金を引いた。
それが終わってから、私は私がしでかしたことの大きさを、取り返しのつかないことを悟って、震えて……敵は、私に、ユウカに、襲いかかろうとして。何も判断できないでいたから、お姉ちゃんは撃った。
お姉ちゃんは、全部を一緒に背負ってくれた。ううん。私のしたことを、お姉ちゃんにも背負わせちゃった。
耳を塞ぎたくなるような所業を聞き出して、処刑するように撃つ。お姉ちゃんは優しいから、そうやって怒りを掻き立てて、優しさを殺して、撃って。撃って。
お姉ちゃんだけにやらせられない、だから、私も追いかけるようにして撃った。撃ちまくって。全員片づけた。
ネル先輩は、言わなかったけれど、私たちが手を汚したことを悲しんでいた。
マキはあんなに怖がらせて……お姉ちゃんとは親友ってくらいなのに、きっと関係を歪めてしまった。
私のことは私の責任。だけど、それをお姉ちゃんに全部背負わせた。
全部私のせいなのに、全部お姉ちゃんに押し付けた。
お姉ちゃんと、アリスと、三人で遊んでいてもお姉ちゃんの表情は虚ろで。
生気が抜けたみたいな顔で、寮に帰っていった。
「……ごめんなさい、お姉ちゃん」
「……ミドリはモモイに、何かしたんですか」
立ち去るお姉ちゃんの背中に、ぽつりと漏らした言葉を、アリスは聞きとがめた。
「私のせい。私が失敗したから、お姉ちゃんにも、罪を背負わせて……」
「……なにが、あったんですか?ミドリ」
「ううん、ごめんね、アリスちゃん。全部私のせい、だから……」
「ミドリ!」
アリスにあんなこと、話せないよ。だから、私はうやむやにして立ち上がって……部室を後にした。
—-------
ベッドに倒れ込んで、考える。頭では、私は間違ってなかった。仕方なかった。ユウカとミドリを守るためだったし、ああするほかない相手だった、って。そう思ってる。
なのに、みんな苦しんで、悲しんで、周りを余計に傷つけてて……じゃあどうすればよかったんだよぉ!ねえ!間違ってたなら怒ってよ!
虚ろで真っ黒なゲーム機の画面に、私の顔が映る。泣きそうなのに、流れる涙もない、空虚そのものの顔だ。なんで。どうして?みんなを傷つけて、私も傷ついてるの。誰のせい?
――――そうだよ。あいつら以外の誰も悪くなんてない。血に染まってでも、そうしたかったのは私だ。ネル先輩も、マキも、悪いとは思うけれど関係ない。
昔私はアリスに、なんて言ったか思い出せ。
私はゲーム機を押しやり、入力デバイスを手繰り寄せた。
それから一週間くらい、部室には行かなかった。久しぶりに部室にいけば私一人……じゃない。
「ユズ」
「ひゅぃ!?」
ドアを開けると、ひっくりかえった声を上げたユズがビクッとはねて体制を崩して、ずるっと下からずり出てきた。
「ゲームの企画書と、シナリオ。作るの手伝って」
「モモイ……?」
「作らないといけないの。アセット使いまくりでいいから。このシナリオを出さないと」
「……見せてください…………モモイ、これ……」
「……モデルはあるけど、フィクションだよ」
「…………モモイには、これが必要……なん、ですか」
「うん」
「……だったら……わたしにできることなら……」
—-------
一週間ぶりくらいに、モモイが部活に来ました。ゲームを作っています。
一緒に遊んで、っていう雰囲気じゃなく、とても真剣で、アリスは何も口出しできませんでした。
だけど……
主人公は勇者じゃありません。大切な人を奪われてしまった、オッドアイの復讐鬼です。
最初は、大切な人を襲った盗賊。借金の証書を盾に、お屋敷を奪おうとする悪徳金貸し。孤児院のふりをして、少年兵を育てて売っていた夫人。
そんな酷い人たちが、いっぱい人を苦しめて、主人公がそれをやっつけます。いえ……殺してしまいます。
はっきりと、首を落としたり、身体を貫いたり、Z指定のモータル・コマンドーみたいな残酷なシーンばっかりで、モモイが書いたシナリオとは思えない、昏いものでした。
ステージが進むと、悪い人を殺すために、主人公はだんだん人間から怪物になってしまいます。
同じ町を守ろうとしていた小さな兵隊さんが止めるのをふりきっても。親友だった絵描きさんが、怪物になった主人公に怯えても。止まることなく、
ユズもミドリも反対することなく、必要なプログラムを組んで、スチルを描いています。
ユズはどこか鬼気迫るように。ミドリは苦しそうに。
そんな新作ゲームが辛くて、手伝えることがなくて。部室を出たアリスは行く当てがなくて……ユウカやセミナーのみんなも、ヴェリタスのみんなも、あの事件から、頼ってはいけない気がして。一緒にゲームをしてくれるかと思って、チビメイド先輩の部屋に行って。
ゲーム開発部の今のことを話しました。
全然ゲームに集中できていなかったアリスは、この前のモモイと同じなんだって、わかりました……
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作業進捗が、悪い。私だけ。
イラストソフトのキャンパスの上で、飛び散る赤、煌めく刃。
瞳が桃と翠の主人公が、私たち姉妹のメタファーなのは想像に難くない。
そんな私たちは、周囲に拒まれていく。周囲を傷つけまいと孤立していく。
ノルマを終えて切り上げたお姉ちゃんとユズが先に上がる。私は残ってマウスを動かして。
「ごめんなさい……ごめんなさい、絶対、許してもらえないだろうけど……ごめんなさい」
「ミドリ。何が、ごめんなさいなのですか」
二人とは入れ違って、アリスが部室にいた。
「なんでも」「なんでもなくないです!」
悲しそうに。だけど、怒ったような大きな声で。
アリスが私の言葉を遮ります。そして、ドスっと。
スーパーノヴァが、部室のドアを塞ぐ位置に置かれた。ちょ、逃がさないってこと!?
「アリスは、ミドリを殴ります!」
「ええっ!?」
ぱぁん!派手にビンタをかまされた。
「……ごめんなさい。ミドリは、アリスを許せませんか?」
「つつ……意味もなく叩いたなら怒る、けど、許さないってことは、たぶんない」
「じゃあ。アリスは……ケイが、って言うほうがいいかもしれません。どっちでもいいです、モモイを殺しかけました。でも、モモイはどうでしたか」
「それ、は……」
「ミドリがしたことは、モモイを殺そうとするようなことだったんですか?理由もなくでしたか?」
「それはっ」
「モモイが、許してくれないなんて、思ってたんですか」
「そんなことないっ!」
「言えたじゃねえか。」
突然妙に低く作った声で、はっとした。
「ミドリが何をしたかは、アリスは知りません。知らないほうがいいから、みんな教えてくれないんですよね?でも、ミドリが何か謝るようなことで悩んでいるなら、きっとそれは必要ないです」
「もう……声真似、全然似てないよ」
「アリスにあのイケボは出せません」
あはは、って、思わず笑っちゃって。
それから、しばらくぶりに笑ったから、止まらなくて。
そして、あらためてゲームのシナリオを思い返す。
このシナリオは、自罰でも、鬱とかでもない。お姉ちゃんの決意だ。
「アリスちゃん、お使いクエスト。いつもハレ先輩が飲んでるやつ、これで買えるだけ買ってきて。」
「はい!目がギンギンになるアウトローブラッド、四本くらいですか。行ってきます!」
次の日、徹夜で遅れを取り返してから、お姉ちゃんに「ごめんなさい」って言ってみた。
「何が?あ、私のポテチなくなってたのミドリ?」
「それは多分アリスちゃん」
「そっかー……じゃあなに?」
「……なんでもない」
なんでもない。お姉ちゃんには、本当になんでもなかったんだ。
そんな訳もないのかもしれないけど。それなら私は、お姉ちゃんがしたいことを支える、そうして返していけばいい。
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cat0808:ゲーム開発部新作の「誅罰」、TSCとは全然雰囲気違う。早速だけどやってみる
cat0808:グロい……殺しまくりの演出がガチ。敵キャラも邪悪すぎて反吐がでそう
cat0808:こういうのここに求めてないんだけど
cat0808:でもゲーム性は今までで一番いいかもしれない。正面から戦っても、暗殺者みたいに立ち回ってもいい
cat0808:いきなり襲われた結果寝たきりになる主人公姉、これってでも物理で襲ったってより……
cat0808:飾ってた花がグチャグチャとか、つまりそういうことでしょこれ
cat0808:死ぬ寸前で、助けるために、自衛のために賊を倒して……
cat0808:あー、地獄に転がってく
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cat0808:まてまてまて
cat0808:おお……もう……主人公……
cat0808:絆が壊れるほど強くなる?
cat0808:腕増えたんだけど。怪物化?
cat0808:火力は上がったけど不気味
cat0808:必要でも、殺っちゃったら怖がられるのはわかるけど……
cat0808:人の心とかないんか
〜〜〜〜
cat0808:殺しまくったら最終形態で輪入道になったんだが?
cat0808:足音なし隠密浮遊高機動全方位同時斬撃で最強だが?
cat0808:推せそうだった絵描きの親友ちゃんに拒絶されたんだが?
cat0808:反吐反吐反吐反吐反吐反吐反吐
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cat0808:終わり。
cat0808:は?救いは?救いisどこ?
cat0808:強制的にNPCに拒まれて、ぼっちになって、それでも敵を殺して皆を守れればいいって?
cat0808:そのまま日が沈むみたいに池に潜るんじゃないよ水中呼吸できるからってシュール鬱
cat0808:反吐反吐反吐反吐反吐反吐反吐
cat0808:……でも。怪物になってでも、皆のために必要なことをする、っていう決意は、なんか迫真だった
cat0808:隠しアイテム収集が残ってるけど鬱ゲーでお腹いたい……今日は寝る
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部活の制作活動の時間を終えて、わたしはモモイに渡されたシナリオを手に、ミレニアムの廊下を歩いています。行くべきはどこか、少し迷って、ヴェリタスの部室に。
「ユズ?珍しいね」
「っ…………マキは、いますか?」
出迎えたハレ先輩の表情が、怪訝そうに変わった。
「モモイかミドリのこと……?」
「はい……」
「……ユズは、どこまで知ってるっけ」
「ちゃんとは知らされてませんが、多分……あの事件の時」
モモイが、犯人を殺めて。マキが、それを見た。
ゲームシナリオがあの事件をモデルにしているなら、そういうことだって、察しがついた。
「大体正解。実際は犯人じゃなくて、犯人グループ……モモイじゃなくて、姉妹で……だよ。マキはまだトラウマを引きずってる。ユズのことは信用してるけど、ヘタなことをしたらマキがもっと傷つく。そういう状態」
う。想像したよりも規模が大きくて、くらっとする。だけど
「マキに、絵を、描いてほしいんです。モモイのために。モモイと友達で、いてくれるつもりなら」
「……それは……私の一存じゃどうとも言えないね。マキの友情も大切にしたいけれど、マキ自身も大切にしたいから。預かりでいい?」
「……お願いします」
「なるべく希望は叶えたいけどね。マキの様子次第で、断るかもしれない。多少注文を変えてもらうとかもするかもしれない。そのためにモモトークはちゃんと見といてくれる?」
「はい」
……よかった。ちゃんと話せた……どっと疲れが襲ってきた。
あまり慣れてない人と話したせいで、廊下を歩く足がふらついている。
大枠は出来たけどレベルデザインとかもまだまだやらなきゃいけないのに……
<ただいまの会話記録を対象「各務チヒロ」、「音瀬コタマ」、「明星ヒマリ」に送信しました>
「ちょっと待ってちょうだい!」
<カウンセリング記録のカルテを取得。過激な表現を抑制したシナリオ要約資料と依頼例文を10パターン作成。本依頼は「小鈎ハレ」からの通達が最も低ストレスであると予想されます>
「ああもう、自分で考える時間もくれないかな……」
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cat0808:隠しアイテム回収
cat0808:輪入道モードならなんとかなるけど一周目でこれ取れるの?あー。初見絶対わからんしクソ複雑操作だけどいけなくもないのか
cat0808:あれ?いつもの絵師と違う絵出てきた。画風違いすぎて酷くない?
cat0808:あっ、あっ
cat0808:私、泣きます
cat0808:やっぱりこのメーカークソでしょ
cat0808:これを隠しエンドにするのはクソでしょ
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ムービー、というか、何枚かの絵のスライドショーだった。
怪物になり果てた主人公。それを追いかける、親友ちゃん。
足は震え、直視するのは怖いけど、それでも。
友情が変わらずあることを確かめるような抱擁。
一段階だけ、怪物化が戻って。阿修羅みたいな身体を後ろから抱きしめる。
……ちょっと世界観から浮いた、パンクな絵柄で。絵本みたいな演出で。
「なんだよこれぇ、ユズ!ユズなの!?これ仕込んだのユズだよねえ!ユズしかいないよねえ!うぉぉぉん!マキぃぃぃぃぃ!」
「モモイが、すっごく泣き笑いです!ユズ!ユズはここですか!?アリスは褒美を取らせます!」
「二人とも、ロッカー叩かないでぇぇぇ!?」
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ゲーム開発部の新作は、残酷で昏い雰囲気が表に出ていたから、話題にはなったけれど、伸び悩んで。
だけれど、そういうのが好きな人には評価されて、エンディングがすごく良いって、そういう評価に落ち着いたらしい。
どう良いのかはわからない、けどアリスが嬉しそうにディスクを渡してきたからには……悪いようにはならなかったんだろう。
やってみれば分かるのかもしれない。
……なんだありゃ?
壁に掛かれた落書き。昨日まではなかったはずだ。
モモっとした顔の周りに、ナイフを持った腕がたくさん生えた妙なキャラ。
下に何か書いてある。
「DEATH MOMOI」
……うげ。最悪なことを思い出して、気分が悪くな……
いや。この”E”の字の崩し方の癖は、どこかで見た。
そうだ。RとBに挟まれた、どこかの橋脚の字と同じ癖だ。
それをこんなにも茶化した感じに……同じ手で描いた?
この落書きは、同じ奴の手によるもの?
いや、確実にそうだ。
根拠は薄いけど確信して、あたしはゲームのディスクを見る。周りの光を反射する記録面は、青く透き通っていた。