映画より怖い?『スイート・マイホーム』監督・齊藤工「子どものころ“玄関にいる人”の絵を描いた」原作・神津凛子「誰もいないのに階段が鳴る音が」

俳優・斎藤工として幅広い作品で活躍する一方、初長編監督作『blank13』(18)では海外映画祭でも高く評価された映画監督・齊藤工が、窪田正孝を主演に迎えて描く戦慄のミステリー『スイート・マイホーム』が9月1日から公開。原作者・神津凛子とともに“家系ホラー”の恐怖の秘密に迫る!

撮影・須山杏

「新築ホラー」ならではの不気味さに着目

齊藤工監督(以下:齊藤)
「今回、主人公・賢二役の窪田正孝さんはじめ各人物ごとに、この人なら…と当てはまる俳優たちがいたんです。僕が俳優をしている肌感覚や目線で、ある領域まで辿り着いていると感じるとてつもない役者さんたちがいるんですけど、今回の役者陣はまさにそういう方々で。だから神津先生が『「サイレント 黙認」』の登場人物に窪田さんをイメージされていたと聞いたときはビックリしました。これはもう、偶然というより引き寄せなんじゃないかと」

神津凛子(以下:神津)「実は、ちょうど執筆中の作品のサブ主人公は、齊藤監督にお会いしてイメージが沸いて書いたんです(笑)。年齢的にはけっこう下の設定なんですけど、齊藤監督にお会いしたときに、すごく目がきれいだなと思い、その目をイメージしてキャラクターに落とし込ませていただきました。9月に敢行されますのでぜひ」

齊藤「え、そうなんですか! 心して拝読します(笑)」

― 極寒の地・長野県に住むスポーツインストラクターの清沢賢二(窪田正孝)は愛する妻ひとみ(蓮佛美沙子)と幼い娘のため“まほうの家”と歌われる、地下に暖房設備を備えたセントラルヒーティング式の一軒家を購入。ところが幸せな新居生活は、ある不可解な出来事をきっかけに、正体不明の恐怖に脅かされていく…。

齊藤「最初に原作を読ませていただいたときは、単なる実写化ではたどり着けないようなところまで描かれている作品だと思いました。そこまで描かれてしまうのかという、男性が持つ女性性への怯えにも似た、聖域を突き付けてくださる読書体験でした」

神津「私も完成した映画を見たときは、自分が書いたものが映画になったというより“あ、私この話知ってる”というような感覚で、没入して見ることができました。いろいろな映画を見ていて、このシーンを見るためにこの映画を見たのではないかと思うことがあるんですけど、齊藤監督の作品には必ずそういうシーンがあるので、この作品も齊藤監督に描いていただければ、このために…というシーンがあるだろうなと思っていて、実際にそうでした」

―海外の観客も、この“家の中”をとらえた不穏な映像体験に没入していたとか。

齊藤「6月に行われた上海国際映画祭の上映では、けっこう笑いが起きていました。僕が執拗にこだわって撮ってしまった“白子”のシーンなんて大爆笑でしたね(笑)。逆に、おびえるときも声に出してくださって。これはアトラクションムービーにもなるんだと、中国の観客の方に教えていただいた感じがしました。あの様子は先生にもお見せしたかったです。映画を見た海外の方たちには、ぜひ先生の原作にまでさかのぼっていただきたい。それが僕に唯一できる、先生への恩返しだと思うので」

ー 理想の家に移り住んだ幸せな一家。しかしある出来事をきっかけに次々と不可解な出来事が起こる。差出人不明の脅迫メール、地下に魅せられる娘、そして賢二の秘密と、隠された記憶…。安息の場所であるはずの「家」や「家庭」を舞台に、恐怖の正体が分からぬまま不穏さだけがふくらんでいく。

齊藤「上海でも感じたんですけど、儒教の流れなのか、アジアの家庭の在り方ってちょっと特有のものがあるな、と。先生が、家の中で始まって家の中で完結する物語にしたのは、最初からの着想だったんですか? 家の外に展開するという設定もあり得たんでしょうか?」

神津「書き始めたらそうなって、そう終わった、という感じなんです。家の中に何か怖いものがいる。それは“人”なのか“おばけ”なのか…と書いていったら、登場人物が自然と出て来て、彼らが勝手に動いていった感じなんです(笑)」

齊藤「僕は、なぜか不貞にまつわる作品に縁があって、それもあって結婚が遠のいているんじゃないかと思うんですが(笑)。2010年代ごろまでは比較的、結婚して家庭を持つところがゴールになる作品が多かったと思うんですけど、ここ10数年で、結婚してからが本当のドラマだということをメディアがどんどん描くようになった気がします。本当の安息地であるはずの家の中に、見てはいけないものがある。どこの家庭にもパンドラの箱があるのではないか…と。この作品に出会って、さらに家庭を持つことが遠のいた気がします(笑)。悪い意味ではなくて、結婚がゴールとか、家庭の理想を型にはめる必要は無いのかもしれない、と改めて思うようになりました。

 それに加えて物語の舞台が新築の家、というのが新しいなと思うんです。古い家や、昔ながらの家に何かが住み着いているというホラーはよくあって、参考にした作品もいろいろあるんですが、新居を舞台にしている作品はあまり無くて。撮影で使わせていただいた家は、運良く、壊される前提の住宅展示場の家が見つかって、そこをお借りしたんですけど、新築の、真新しさの怖さって確かにあるなと思いました。誰も生活していない空間の空虚感というか。これは神津先生の建て付けの妙だと、ロケハンしながら感じました」

神津「もともとこの話は実際に私が似たような構造の家を自分で建てて住み始めて、漠然と怖い話を書いてみようと思ったのが始まりなんです。家の天井とか構造を見ていて、こういうところに何かがいたら怖いよね…と(笑)」

―安息の場所であるはずの家が、なぜか怖い。その説明できない恐怖にジワジワと浸食されていく映像表現は見事のひと言。

神津「とくに賢二のあるシーンが天井裏に上がっていくシーン、すごく良かったです。そのシーンはまるで母親の胎内に入っていくように私には見えたんですけど、そういうことは意識されていたんですか?」

齊藤「そのシーンの撮影にあたって壁の素材も紆余曲折があったのですが最終的に、仰るように産道のようにも見えるあの色味になりました。結果的に、人間が生み出されるときの目線に近しい世界のようで、家全体が生命体のようにも思える不気味さが出たシーンになったんじゃないかと思います」

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