横須賀聖杯戦争⑥
「くうっ…………! 美味い…………! 外つ国の料理というのはなんとも刺激的だ」
「うーんっ! 程よい辛さにコクの深い甘みがなんとも言えないなあ。この甘みは蒜、じゃなくて玉ねぎっていうんだっけ? の、甘さなのかな」
「あー、玉ねぎって歴史的には日本に入ってきたの割と最近なんでしたっけ…………まあ何にせよ喜んでいただいて何よりでーす。あはは…………」
横須賀汐入の古民家を改装したとある喫茶店内にて。
皇子と媛、そして現代の巫女(バイト)が横須賀名物海軍カレーに舌鼓を打っていた。
「このとろみが米に上手く絡んでなんとも…………むう、如何にしてこの味わいにするのやら」
「小麦粉を炒めた後にカレー粉を混ぜてスープにする、らしいですね。海軍カレーは。旧日本海軍の『海軍割烹術参考書』に記された秘伝のレシピだったとかなんとか(ググった)」
「凄いよねー。二千年近く経ってるっていうのはわかってるけれど、こんなに料理が進歩してるだなんて…………大和の料理は日の本一だってみんな誇りに思ってたけど、流石に重ねた歴史の重みには敵わないかー。…………七掬脛(ナナツカハギ)くんが食べたらなんていうかな」
「うむ。あやつの料理は天下一品だと思ってはいた…………いやあの時代の日の本では間違いなく至高の膳夫だったと思うがな。この時代に喚ばれていたならきっと奮起して料理を学んでいたと思うぞ」
「そしたらきっと美味しい料理を作ってくれるだろうねー。あ! もちろん私も一週間程度とは言え美夜ちゃんに色々教わってるからね! 今度のお夕飯もお楽しみにー!」
「…………うん。それは楽しみだ。凄く」
そんな二人の並んだ様子を見て、ひとまず氷上 美夜は内心胸を撫で下ろしたのだった。
(取り敢えず、ギクシャクしたりとかはもう無いみたいで良かった…………)
そう心内で呟きながらに美夜は昨晩の出来事を思い返す。
あのランサー達を撃退した夜の、その後の事。
ひとまずキャスターと、聖杯戦争の規格の外で召喚されたであろうセイバー。二騎の英霊を連れて美夜は暮らしているアパートの一室に帰宅したのである。
…………キャスターの陣地作成スキルにより防護されているとのことで実際召喚から一週間襲撃されたりすることはなかったが、それでも他の入居者達に被害が出ることを考えると聖杯戦争が終わるまでは他の場所で寝泊まりするべきだと思ってはいる。思ってはいるが、他に寝泊まりするアテなどなかった。友人宅にしろホテルにしろネットカフェにしろ無関係な人間はいるのだ。
そんなわけで結局ずるずると何も出来ないままの住処へ、二人を案内した。
「どうぞ、狭苦しいところで申し訳ありませんが…………御子さま、媛さま」
「セイバーで構わない」
「キャスターでいいって」
「いやその、なんとなく罰当たりというか畏れ多いというか……」
「当世では神秘神威の類はほとんど薄れてしまったようだが…………巫女となれば未だに信心は深いようだな」
「とはいえ、時代が下ると私達まで神格化されてるとは思わなかったけどね。いやーなんとも言えない気分だー」
言いながらテーブル周りの座布団に座る二人。…………なんの変哲も無いその所作にも何処か気品のようなものが感じられたのは気の所為ではないだろうと美夜は思った。
「で、だけど…………ねえ、なんで召喚されてるの? 霊脈の感じだと、英霊は全七騎、召喚済の筈だよ?」
「それはこちらの台詞なのだが…………どうして君が現世に喚ばれるなどということが」
「たぶん土地に引っ張られた形だとは思うんだけどね。あなたに関しては…………まあ状況が整いすぎたって感じなのかな? よりにもよってこの土地にあたしが喚ばれちゃった以上、あなたがいないことはありえない…………みたいな? でも、それにしたって妙なんだよねー。英霊召喚なんてとんでもな術式、聖杯あっての事だろうけど…………正直あたしは願いとかなかったからさ。勝手に喚ばれて勝手に契約されたみたいなものだもん」
困った顔で首を捻りながら語るキャスター。
「まあ、強いて言うなら一つ願いはあったわけですが…………その願いはこうして聖杯に頼むまでもなく、叶ってしまったわけなのです」
ニコり、と隣のセイバー…………夫である筈のその人に微笑みかけるキャスターであったが、その笑顔の先の表情は浮かないものだった。
「君には…………争い事には巻き込まれてほしくは無かったが…………」
「…………むう。何その顔。せっかく会えたのにー」
「それはそうなのだが…………しかし私は…………」
その態度を見たキャスターが顔を顰ませ、何かを叫ぼうと口を開け──声を出す前に閉じた。
代わりに美夜の方を向き、訊ねる。
「夕方に食材買ってきてたよね? 時間的にはちょっとアレだけど、今から再開を祝してのお食事に出来ない? 美夜ちゃん」
「えっ…………はい。出来ますけど」
「ありがと! その、出来たら豪勢なお料理だと嬉しいんだけど…………」
「え、あ、はい。頑張りますっ」
そしてしばしの余暇。
「あの、オトタチバナ…………?」
「はい、大人しくしてる!」
「う、うむ」
妻からの一喝を受けて少し身を縮こませるセイバー。
そして。
「出来ました…………三浦港の海の幸をふんだんに使った天丼です」
「すぅっごーい! おーいーしーそー!」
食卓に出されたのは海老や穴子などの海産物を丸々揚げた天ぷらを乗せたどんぶりである。
渾身の出来栄えに汗を拭う美夜と、それを称えるキャスター。
そして。
「…………………………ジュルリ」
キラキラと目を輝かせながら目前のそれを見つめるセイバー。
「ささ、どうぞ御子さまご賞味下さい」
「そ、そ、そうか。では遠慮なくいただき──「待った」
よだれを堪えながら箸を取った夫の手をガシりと掴みながら、満面の笑みでキャスターは言った。
「そのよそよそしい態度を止めないと、食べさせません」
「ぅえええーーーーっ!?」
「鬼ですか」
「カカア天下…………」
「何か言った? 美夜ちゃん」
「いえっ! なんっにも!」
そんなこんなで目前の夫妻は仲良く初めての料理を味わっている。
「で、それで改めての話なんだけど」
「うむ。牛の乳は初めて飲むが、実にこの料理と合う…………」
「料理に関してはまた後で話すとしてね」
食後の牛乳を堪能する夫の感想を脇に置いて、改めてキャスターが語る。
「──聖杯に喚ばれたわけじゃないって、本当なの?」
「うむ。君達に初めて聞かされたな、聖杯などというものについては」
「…………異常だね」
「そうなんですか?」
「そうなんだよー。英霊──境界記録帯とも言うんだっけ?──を喚び出すってのはどんなに凄い魔術師でもそうそう出来ることじゃないからね。それを可能にするためには何らかの人知を越えた御業が必要なんだよ。今回だとそれが聖杯…………の筈なんだけど、その聖杯とは無関係に喚ばれたとなると。なんだか凄くキナ臭くなってきちゃうなあ」
「そうなんですか…………でも確かに、媛さまは現代にも適応してる感じでしたけど御子さまはその辺は凄く疎そうですしね」
「うむ。召喚に際し付与された知識はあまり多くないな。正直今こうしていても時代の移り変わりに頭がクラクラしてきそうだ…………」
「ランサーとの戦いでも遠慮なく神剣抜いてたもんねー。もうあんなことしないでよ? あの場所はあたしが人避けした後だったからよかったけど、町中であなたが本気を出したら無辜の民にとんでもない被害が出ちゃうからね」
「…………むう。駄目か?」
「ダ、メ、で、す。あたし達の時代とはワケが違うの」
「わ、わかった。民草には被害が出ないように善処する」
「まあ、御子さまの人生を考えると、その辺は確かに頓着はなさそうというか…………敵地に乗り込んでの大立ち回りが基本だったようですし」
「うむ。自分達以外は全部斬って良かったからな」
「当世では駄目なのです! まつろわぬ者達や怪異や神々が荒ぶっていた頃とは全然違うの。数多くの人間が平穏に暮らしているのが当世なんだから」
「ふむ…………ならば何故私が喚ばれたのか…………或いは、なればこそ、か?」
「? どういうことですか?」
そんな美夜の問いにセイバーは静かに答える。
「平穏な当世の日の本にて聖杯戦争などという大掛かりな呪いが行われたのだ。その行く末が如何なるものかはわからんが、世を乱すその儀を阻む為に喚ばれた、というなら納得出来なくもない…………気がする」
「…………なるほど。確かに、民間人の多くに被害を出してるサーヴァントもいるみたいですが…………」
「ふむ。それが私の標的なのかはまだ断言出来ないが…………しかし私が喚ばれたということは、我が剣にて斬るべき何かがいるということなのだろうさ。ならばそれを見極め、そして斬る。うむ、単純だな」
そう言ってセイバーは牛乳を呑み干し、ごちそうさまでしたと手を合わせた。
「なら、当面の目標は決まった感じかな? 民草を脅かしてるサーヴァントを探し出して、討ち取る! あたしも気合い入れていくからね!」
「…………え? 待て待て、君も参加する気か?」
「当たり前でしょ? あたしも聖杯戦争の参加者なんだから、大人しくしてたってどうせ狙われるもん。ならこっちからうって出ないと」
「だ、ダメだダメだ! 君を戦場になど出さないぞ!」
「あなたが出す出さないを決めれることじゃありませんー。もうあたしは美夜ちゃんと一緒に否が応でも参戦してるの」
「ならっ! …………なら、私が君を守る…………今度こそ」
「…………あたしだけ?」
「あ、いや、もちろん美夜もだ。うん」
「あはは、是非お願いします…………」
「…………では、次は何を食べにいこうか?」
「近くでハンバーガーっていうのも売ってたよね。あれ食べてみたいなー!」
「………………(貯金崩さなきゃ)」