横須賀聖杯戦争⑦
「偵察にいくわよ」
「…………なんの?」
犬飼邸にて。
イヴリンの言葉に怪訝な顔で明は応答した。
「霊基盤で新たなサーヴァントの召喚が確認されたのよ。既にサーヴァントは七騎揃ってる筈なのに、ね。ルーラーが召喚されてる時点でキナ臭さは感じていたけれど、改めてこの聖杯戦争はおかしい。情報を集めないとね」
「…………それはわかったけどな。俺も行くの既定路線かよ」
「来ないでいいなら連れて行かないわよあんたなんて。でも、戦闘になるならセイバーの助力は念の為ほしいから」
その素っ気ない言い回しは流石に気に障ったのか、眉を顰めて明は言う。
「…………んじゃセイバーだけ連れてけばいいんじゃねーのかよ」
「そうしたいところではあるんだけどね。ヘッポコマスターのあんたじゃあんま距離取るとサーヴァントとの魔力経路(パス)が安定しないの。要はあんたが近くにいないとセイバーは全力が出せないのよ」
「…………悪い」
「別に、謝れなんて言ってないんだけど? ていうか謝るなら相手が違うでしょ。…………とにかく、出かけるから準備してきなさい」
「わーったよ」
嘆息しながら自室へ向かう。
聖杯戦争という異質な状況に侵食されてきた現状を嘆きつつ、犬飼 明はかつての日常を儚んでいたのだった。
横須賀、どぶ板通り。
日米の文化が融合した独特の街並みの中を、イヴリン・ハーパーとアーチャー、犬飼 明とセイバーが歩いていた。
そんな中で明がイヴリンへと話しかける。
「今年の夏はあっちいな…………お前、そんな服装して暑くねえの?」
イヴリンの服装は厚着とは言えないまでも決して薄着とも言えないものだ。少なくとも酷暑には相応しくない。
「…………魔術師なら多少の体温調節くらいお手の物よ…………」
そういうイヴリンは手の中の金属を眺めつつ歩きながらに答えた。
「…………そのダウジングみてーなのヤメね? 人目につくだろ。魔術は秘匿するもんなんじゃなかったのかよ」
「うるさい話しかけるな集中してるの」
「…………はいはーいと。おい、どっか店ん中入ろうぜセイバー。この調子で歩き回るのはキツいだろ」
「飯食えるとこにしようぜ明ー」
「よい雰囲気のお店が沢山ありますね…………異邦人である我々にとっては非常に新鮮で興味深いです」
「おい待て勝手に歩いていくなアーチャー! 迷ったら探すの面倒だろ!」
サーヴァント二人の手綱を握りつつ、明は近くのアメリカンバーへと入っていった。
昼間のバーなら人気も少なめだろうという考えである。
「…………で、さっきから何やってるんだよソレ。音楽室に置いてあるやつだろ」
会話の聞かれにくい奥まった席に座ったところで明がイヴリンへと問うた。
「音叉よ。これを使って魔力を探知してるの」
「あ、知ってるぜそういうの。反響定位(エコーロケーション)ってやつだろ。漫画でよくやってるやつだ」
「他人を蝙蝠扱いしないでくれるかしら? 自分から魔力の波なんて流したら一発でこっちの位置もバレるわ。相手の位置がわかっても自分の位置も同時に知られるんじゃプラマイゼロじゃない。…………反響定位は現代の狩猟じゃ時代遅れになってるって、知り合いの魔術師が言ってたかしらね」
イヴリンのセリフは誰かを思い返しながらのもののようだった。
「んじゃあそれは何なんだよ」
「音叉の使い方も知らないの? これは共鳴させるものよ」
「結局音出すんじゃねえかよ」
「音楽は魔術にも通じるものよ。嘘か真か、かのモーツァルトも魔術を嗜んでいたという話もあるくらいなんだから」
「何だその嘘くさい陰謀説みたいな話…………」
「今回は私が音を出すんじゃないわよ。サーヴァントの二人に手伝ってもらう。アーチャーには拠点でやってもらってお陰で新たに召喚されたサーヴァントがこの辺りにいるらしいことがわかったんだけど…………今回はセイバーにやってもらうわ。心配しなくても、ちょっと持っててもらうだけでいいから」
「そうなのか? まあオレは構わねえけどよ」
そういうセイバーに、イヴリンは持っていた音叉を手渡した。
「これはアーチャーに手伝ってもらいつつ私が鋳造した、サーヴァントの魔力振動数に調律された特製の音叉。これを使えば他のサーヴァントと共鳴して魔力を感じ取れるはずよ」
「音色を奏でるものとしては一家言あると自負しておりますので…………ポロロン、私は誇らしい」
ドヤ顔のアーチャーをよそに、セイバーは興味深げに手の中の音叉を眺めていた。
「ほー。面白いなぁ、こりゃ」
「…………お前、ホントに魔術師なんだな」
「殴るわよ? ド素人が。いっとくけど昨今の魔術師は護身術も必須科目なんだからね?」
「ま、とにかくやってみるか! 音を鳴らすのは嬢ちゃんがやってくれるんだな?」
「まあね。じゃ、いくわよ…………あ、アーチャーは霊体化してなさい。探知の邪魔になるから」
「私は悲しい…………」
そんなやり取りの中、空中に浮かべた音叉をイヴリンが魔力を込めて叩く。
人の耳だけではほぼ聞こえない特殊な音色を立てるその音叉を──セイバーが手に取った。
「…………っ!」
音叉に触れた瞬間、セイバーが目を見開く。
しばらくその状況が続き…………やがてセイバーはふ、と吐息を一つ零した。
「いやー驚いたな。理屈はよくわからんが、確かに他のサーヴァントを感じられた。新しく召喚されたサーヴァントってやつもな」
「そう。じゃ、早速報告してもらえる? セイバー」
「セイバー…………そうだな。その新しいサーヴァントってのは、俺と同じセイバーのサーヴァントみたいだった。お陰でその共鳴ってのも上手くいったんだろうな」
「セイバーがもう一人…………?」
明は思わず訝しげな顔をする。
「ああ。それもとんでもねえ魔力量だった。オレの倍じゃきかねえかもしれねえ。正直言って真正面から戦いたくはねえな」
「倍以上って…………本当かよ」
「本当も本当だぜ。多分あのアサシン同様、この国出身の英霊なんじゃねえかな? でなきゃおかしいってくらいの強大さが伝わってきた。一対一(サシ)で戦うのは考えないほうが良さそうだ」
「アイルランドの光の御子に、そこまで言わせますか…………ポロロン」
「…………言っとくがこんな霊基での召喚じゃなきゃこんなこと言わねえぜ。本来のクランの猛犬だったら、勝ち目はあった──いや、無くてももぎ取ってやるさ」
ぶすっとした顔のセイバーの言に、イヴリンは静かに応答する。
「そう…………それだけの強大な英霊が、おそらく聖杯戦争の枠組みを越えて召喚された、か。なんだか嫌な予感がするわね」
「ルーラーの召喚もありますし、この聖杯戦争に何かが起こっていることは間違いないのかもしれません…………」
イヴリンとアーチャーの主従が神妙な面持ちで語った頃に──注文していたハンバーガーのセットが届いた。
「うお、デッケエし美味そうだなおい!」
「アメリカ海軍のレシピで作ったっていう触れ込みだからなあ。ファストフード店のとはぜんぜん違うぜ」
「ったく、緊張感がないわねえ」
「腹は減っては戦は出来ぬ、と当世では言うようですよマスター。私の時代でも兵站は重要でした」
四者それぞれの反応を見せながら、ひとまずは昼食に舌鼓を打つことになるのだった。
「ところでマスター。この通りのあちこちで討っていたあの『スカジャン』なる衣服、是非とも着てみたいのですが──」
「買わない」
「…………私は悲しい」