痴漢っていいな
本番いかなかった…
「ふっ……んぅ……」
電車の軋む音に紛れ、苦しげな息遣いが漏れている。スグリは周囲にバレてしまうのを恐れ、必死に口元を手のひらで抑えた。その仕草を見て背後で笑う気配がする。その間にも、下半身をいやらしく這い回る手は止まってはくれなかった。
スグリがその男に会ったのは一週間前のことだった。
ブルーベリー学園のカリキュラムの一端で各地のジムでの実地研修に赴くことになったのだ。スグリと同じジムに行く生徒は残念ながら実家から通っている人ばかりで、スグリは一人で電車で行かなくてはならなかった。
心細そうに乗っていたのが目立ったのだろうか。端の方に縮こまるようにしていたスグリの背後に、その男は現れたのだ。
「……ひっ!?」
知らない人間の手が、スグリの下半身を撫でた。初めは、ただぶつかってきたからかと思った。しかしどれだけ待ってもその手は離れることはなく、むしろ動きを大胆にしていく。
(な、なんで……! まさか、ち、痴漢……?)
あり得ない事態に頭が混乱する。まさか男の自分が痴漢をされるなんて。髪が長めだから勘違いしているのだろうか。男だからと言ったらやめてくれるか。でも声をあげることで注目を浴びるのは恥ずかしいし……。
どうしていいか分からず固まっている内に、男の手が、服の中にまで入り込んだ。
「やっ……!?」
思わず上げてしまった声に自分で驚いてしまう。下着をなぞるように這い回る手が気持ち悪い。耐えきれなくなったスグリは小さな、小さな声で後ろの男に言った。
「ゃ……やめて、ください。おれ……男、です……」
言った。言ってやった。もう誰にも言わないからこのまま離れてくれ。
スグリの願いも虚しく、男は更に身体を密着させてきた。
「知ってるよ」
「っ……!?」
「震えてるの? 可愛いね……。ブルーベリー学園の生徒かな? これから○○ジムに行くのかな?」
「や……」
世間話のように話しかけられる間に、男の手は下着の中にまで入り込んでくる。固まるスグリの身体を抱え込み隅の方に隠すと、反対の方の手まで侵入してきた。
「ひっ! や、やだ……やめ……」
「大きい声出すと、恥ずかしいところ触られてるの、バレちゃうよ?」
男はそう言いながらスグリの未成熟な性器を握り込んだ。悲鳴の出そうな口を咄嗟に手で押さえる。
スグリ自身は何も悪いことなどしていないのに、被害者なのに。公共の場で淫らな行いをされているという事実が羞恥心と罪悪感を加速させる。身体を懸命に小さくして身を固くするスグリを見て息を荒くした男はペニスを擦りながら腰を押しつけてきた。固い男の欲望がスグリの尻に当たる。
気持ち悪い。やめて、助けて。
そう叫んで逃げ出したいのに、できなかった。直接的な刺激に身体は勝手に上り詰めていく。頭は快と不快が入り交じってぐちゃぐちゃだった。
「んぅ……ふ、ふ……んんン!」
巧みな男の手によって、そのまま為す術もなく射精まで導かれてしまった。
吐き出されたものは男がいつの間にか宛がっていたハンカチに吸い込まれている。くたりと力なく倒れそうになるスグリの身体を支えた男は、乱れた服をさりげなく直しながら耳打ちした。
「スグリくん……っていうんだ。可愛い名前だね。これ、ネットに上げたら、人気者になるんじゃない?」
「……え?」
突然自分の名を呼ばれ目を見開く。肩を抱いた反対の手には、鞄にしまわれていたスグリの学生証が握られていた。
「や……か、返し……」
「おじさん、明日もこの電車に乗るんだ。研修って……一週間あるんだよね? 返して欲しかったら……分かるだろ?」
ぽん、と優しげに肩を叩かれ、ねっとりとした声が耳元で囁いた。頭が理解を拒否している。学生証には個人情報も顔写真も載っている。悪用されたら、どんなことになるか……。どうしよう、どうしたら……。真っ白になった頭では打開策など思いつかない。結局、また明日ね、という男の言葉に力なく頷くほかなかった。
それからの毎日は地獄だった。
決まった時間の決まった場所。そこでスグリは毎日男に身体を好き勝手された。
最初はスグリをイかせるだけだったのに、その行為はすぐにエスカレートしていった。
脅された次の日は、上の服をたくし上げられて乳首を弄られた。真っ赤になったそこを虐められながらペニスを触られると、快感が繋がってしまい最終的にはそこでも気持ちよくなってしまった。
その次の日は後ろの孔も触られた。最初は気持ち悪いだけだったのに、慣れてくるにつれて違和感は消え、男の指を簡単に飲み込むようになってしまった。中で気持ちよくなれると知って、男は重点的にそこばかりを責めた。初めて前立腺でイってしまった日は涙がとまらなかった。
太股に男の性器を挟んで素股をされた日もあった。まるで本番のように腰を使われて、嫌なはずなのに気持ちよくなる自分の身体が信じられなかった。
そうして散々痴漢をされた、約束の最終日。ジムでの研修の最後の日。スグリは声を押し殺しながら頭は混乱でいっぱいだった。
(なんで……? どうして……?)
男の手がスグリの身体を這い回る。しかしいつもなら決定的な快楽をもたらすそれが、いつまで経っても気持ちいいところに触れないのだ。
孔の中に入れられた指は浅いところをくちゅくちゅといじるばかり。勃ち上がったペニスには触れず、乳首のまわりを優しすぎるほどの手つきで撫でられる。
気持ちいいのに、足りない。もっといつもみたいにして欲しいのに。
快感に慣らされた身体は、その先を求めて疼いてしまう。もどかしさと焦燥感に襲われその身をくねらすが、男の手は表面的なところばかりしか触れてくれなかった。
「次は○○駅~。○○駅~。お降りのお客さまは――」
「っ!?」
電車のアナウンスにスグリの身体がびくりと震える。
そうだ、降りなきゃ。次がいつも降りる駅で……でも、まだイってなくて……。
ぐちゃぐちゃになった思考のまま、背後の男を振り返る。男はスグリの視線を受けて、ニヤリと笑うと、その手を離した。
「あ……」
「一週間、よく頑張ったねスグリくん」
目の前に何かが差し出される。スグリの学生証だ。一週間の約束で、返してもらうためにここまで我慢してきたのだ。
だというのに、スグリはそれを受け取ることも忘れて男をすがるように見上げる。
「どうしたの?」
「あ、あぅ……」
どうしたいのか、わからない。これでこの男とは最後になるはずなのに、身体が求めているのは男のもたらす刺激で、とにかく今なんとかして欲しくて……。
「そうだな、スグリくんとはこれでお別れだけど……。どうしても、続きがしたいのなら……一緒に、ホテルに来るかい?」
「……っ!」
ホテル。それがどういう意味なのか、いくら疎いスグリでもわかる。そうなってしまえば、取り返しのつかないことになる事も。でも、でも……。
迷うスグリの耳元で、男が囁いた。
「ホテルまで来てくれたら……うんと気持ちよくしてあげるよ。今まで以上に、ね……」
その言葉と共に、電車が停まり、扉が開いた。そして男はそのまま降りて行ってしまう。
躊躇ったのは、一瞬だけだった。
降りた男まで小走りで追いつき、きゅっとその袖を力なく掴む。俯いたその顔は確かに、雄を求める雌の表情をしていた。