あらゆる奇跡の始発点

あらゆる奇跡の始発点


 何時の頃からか、誰が最初だったのか、それは分からない。

 気が付けば、彼らはこの都市にやってきていた。

 姿を変え、息を潜め、いつか来る戦いの時に備えながら、彼らはここにいたのだ。

 このキヴォトスに。

 

 

 D.U外郭地区にオフィスを構える超法規的機関、連邦捜査部S.C.H.A.L.E。

 この『部活』を運営するのは、時に生徒たちの抱える様々な問題を解決し、時に悩める生徒たちを教え導く、通称『先生』と呼ばれる人物だ。

 

 その人格は責任感に溢れ誠実。まさに教育者の鑑なのだが……。

 

“さて……”

 

 その先生は、シャーレのオフィス一階にある格納庫でだらだらと冷や汗を流していた。

 

“どうしよう……”

 

 目の間には中古の自動車が鎮座していた。

 黄色い車体に黒いストライプ。カマロと呼ばれる車種の、かなり前のヴァージョンだ……。

 

 事の起こりは数時間前……。

 『先生』となってからいくらか経ち、生徒たちの助けもあって多忙を極めつつも何とか業務に慣れてきた先生は、珍しくもいくらかプライベートな時間を得て町に繰り出していた。

 様々な店を見て回り、購買意欲が鎌首をもたげるのを、生徒……特にお財布を管理してくれている早瀬ユウカの顔を思い出して押さえ、まあまあ楽しい時間を過ごしていたのだが、最後に中古車販売店に立ち寄ったのがよくなかった。

 

 そこで目に留まったのが、このカマロだった。

 

 オンボロではあるが、何か惹かれるものを感じ、店主の巧妙かつ軽快なセールストークもあって、つい買ってしまったのである。

 おかげで通帳の残高は見るに堪えない。ユウカの怒る顔が目に浮かぶようだ。

 

“うん、でもまあ、仕方ない!”

 

 この広いキヴォトス。自由にできる足の一つもあって不便はあるまい。これも必要経費だ。

 頭に浮かぶユウカの顔はどんどん険しくなり、ついに角まで生えてきたが仕方ないったら仕方ない。

 

“……さて、せっかくだ”

 

 色々な悩みごとは一端棚に上げ、運転席に乗り込み、キーを回す。今どき電子キーではなくイグニッションキーだ。

 先生は半ば現実逃避も兼ねて、試運転と洒落込むことにしたのだった。

 カーステレオに備え付けのカセットを再生する。

 

 曲名は……。

 

 

 

 

「んん……?」

 

 このキヴォトスで最も自由で、最も混沌とした学校、ゲヘナ学園。

 その生徒会である万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の戦車長、棗イロハは愛戦車のキューポラから出した首を傾げた。

 

「なーんか、今日の虎丸、変ですね? いつもより音が重いというか……」

 

 ボリュームのある赤い髪を揺らし、胡乱げに呟く。

 この万魔殿議長殿によって(勝手に)『虎丸』と名付けられたティーガーⅠ戦車は、彼女にとって手足も同じ。サボり魔で知られるイロハでも、不調があればすぐにわかる。

 

「巡回が終わったら、ちゃんと整備しますか……」

 

 意外なほど優しい手つきで車体を撫でる。

 主砲に『巡回中』と書かれた札を下げた虎丸は、不機嫌な唸り声のようなエンジン音を上げながら、しかし『いまのところ』イロハに忠実だった。

 

 

 

 

 

 

「さて……この本もここまででいいや」


  伝統と格式に溢れ、白亜の校舎の歴史も古きトリニティ総合学園。

 そのトップに君臨する三人の生徒会長たち……ティーパティ―の一員である百合園セイアは、狐耳を揺らしながら読んでいた本を閉じた。

 悲しい結末は、彼女のお気に召さないようだ。

 その耳に、クラクションの音が響いた。

 

「ああ、分かってるよ。ミカとナギサが呼んでいるのだろう?」

 

 木陰に置かれた椅子から立ち上がって振り向くと、そこには黒とオレンジのカッティングされた宝石のように角張った車体ながら、車高は低く全体の印象としては流線形の、大層高級そうなスーパーカーが停まっていた。

 

「君ももう少し、目立たない努力をしたらどうだい? いくら速くても、二人乗りでは不便でしょうがない」

 

 少しだけ呆れたような響きのある声に、まるで反論するようにV12エンジンの音が鳴る。

 

「ああそうかい。……じゃあ行こうか。エデン条約に向けて、調整をしていかなければ」

 

 セイアは当たり前というように、そのチェンテナリオなるスーパーカーの助手席に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

「本当ですって!」

「またその話~?」

 

 このキヴォトスの治安を守るヴァルキューレ警察学校、その生活安全局に属する中務キリノは、同局に所属する合歓垣フブキに向かって叫ぶ。

 

「本当に見たんですよ、幽霊パトカー! こう、乗ってるヴァルキューレ生の姿が揺らいで……」

「見間違いでしょ」

 

 ただでさえ面倒くさがりなフブキは普段以上に面倒くさそうに嘆息した。

 キリノは負けじとさらに元気に自分の見た物を説明しようとした。

 

「変なのはそれだけじゃないんです! そのパトカー、車体の後ろの方に文字が書いてあったんです!」

「そんなの当たり前でしょ」

 

 一部のパトカーには、車体後部に黒地に白抜きで『To protect and serve(市民を保護し、奉仕する)』とあるのだ。

 

「違うんです! その文字の内容が……」

 

 キリノに曰く、そのパトカーにはこうあったと言う。

 

 To punish and enslave(罪人を罰し、服従させる)

 

 

 

 

「……で、この自動車はなに?」

 

 砂に埋もれ行くアビドス高等学校。

 その二年生であり、この学校の廃校の危機を救わんとする廃校対策委員会の一員でもある砂狼シロコは、同じく対策委員会の仲間たちが砂漠で『拾った』という自動車を前に狼耳ごと首を傾げていた。

 

「なんでか分からないけど、砂漠のど真ん中でエンストしてたのよ! きっとお金になるわ!」

「持ち主らしき方も見当たりませんし、まあ問題ないかと」

 

 猫耳の黒見セリカと、一同のお姉さん格の十六夜ノノミは、すでにこの車を売っぱらう気満々だ。

 

「大丈夫なんでしょうか……?」

「ん~、まあいいんじゃない。見たとこ、相当お高い車だよこれ」

 

 眼鏡の奥空アヤネだけは心配そうにしているが、委員長の小鳥遊ホシノは泰然としている。

 

「ん、わかった。……でもちょっと汚れてるから、まずは洗おう」

 

 シロコはその車に改めて目を落とす。

 青いストライプの入った、銀色の車。彼女は知らないが、これは少し古い型のポルシェだ。

 そう遠くない将来、シロコを含めた対策委員会の面々は、この車の『ハンドルを握る』ことになるのだが……それはまた、別のお話し。

 


 

 

 丘の上で、奇妙な存在が景色を眺めていた。

 例えるならば人型をした金属の塊だろうか。

 白い模様のような物が浮かびつつもまるで透き通るような青い空に、このキヴォトスの中心地とも言えるサンクトゥムタワーが生える。それらをしばらく眺めていたそれは、やがて視線を落とした。

 眼下にはハイウェイがあり、様々な車が往来していた。

 

 その一つに視線を合わせると、それの姿がギゴガゴと音を立てて変わっていった。

 少しすると、そこにいたのは赤い車体のトレーラーキャブだった。

 

 

 

 

 刺激的なドライブを終えてシャーレオフィスに戻ってきた先生は、待ち構えていたユウカにしこたまお説教を喰らっていた。

 

「いいですか先生! いい大人ともあろうものが、衝動買いをするなんて! それも玩具やゲームの課金だけじゃなくて、ついに自動車まで!!」

“うん、それは……はい”

「しかも、なんでこんなオンボロな車を買ったんです! こんな、いつ壊れるかもわからない、スクラップ寸前のガラクタを!!」

“あ……いや、ユウカ待って”

 

 怒り心頭のユウカに対し、先生は不味いとばかりに止めようとするが時すでに遅しである。

 

「いいえ、待ちません! 今日という今日は言わせてもらいます!! 先生の買い物の中でもこれは一番無駄な……」

「『おいおいおい!』『聞き捨てならないな!』『その口を閉じてろ、お嬢ちゃん!!』」

「え……?」

 

 突然聞こえてきたラジオ音声にそちらを見れば、オンボロカマロがギゴガゴと異音を立てながら人型になっていく。

 丸っこい造形に、青く輝く円らな瞳。そしてパタパタと羽根のように動くドア。

 

「『だれがガラクタだ!』『そいつは言い過ぎだぜ!』」

「な、え? えええ!?」

“……ええと、ユウカ”

 

 怒ったように体を揺らすカマロロボットと、それを見て腰を抜かしてしまった生徒。

 なんとか事態を収拾すべく、先生は努めて明るく声を出した。

 

“彼はバンブルビー。私の新しい車で……新しい、友達だ”

 


 

 ……何時の頃からか、誰が最初だったのか、それは分からない。

 気が付けば、彼らはこの都市にやってきていた。

 姿を変え、息を潜め、いつか来る戦いの時に備えながら、彼らはここにいたのだ。

 このキヴォトスに。

 

 ……彼ら、トランスフォーマーは。


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